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作曲家の個展2004「近藤譲」の感想


サントリー音楽財団主催「作曲家の個展2004・近藤譲」に行く(2004年10月7日、サントリーホール大ホール)。
開演前のプレトークの途中で会場に到着。会場では、アコーディオンのシュテファン・フッソンクと久しぶりに会った。意外なことに、彼はこの日初めて近藤譲 の音楽を聴くのだという。評判は前から聞いていて、今日はとても楽しみだとか。

この日配布された冊子には、近藤譲の作品リストが掲載されている。膨大な数の作品のタイトルや編成を眺めて気がついたのは、この夥しい作品数に対してオー ケストラ曲の占める割合が非常に少ないということ。例えば最近続け様にオケ曲を手がけている望月京とは対照的だし、望月のような極端な例を除いても、これ までこの「作曲家の個展」で取り上げられてきた日本を代表する作曲家たちの多くとも対照的である。これは彼が現代音楽業界の中心から一定の距離を保って創 作活動を行ってきたことの表れだろう。
この日のプログラムは、1980年の「時の形」に始まり、尾高賞受賞作「林にて」(1989)、武満徹を追悼して作曲された「桑」(1998)、そして今 回の委嘱新作「夏に」(2004)という、年代順に約四半世紀にわたる彼の作品を回顧する構成になっていた。

一曲目「時の形」を、僕は長いこと放送初演(高橋アキのピアノ、黒岩 英臣指揮NHK交響楽団)のエアチェックを聴いてきた。今回初めてライブで聴いて、放送初演の、しかもだいぶ音質も劣化してきていたものとはやはり随分 違った印象を受けた。特に個々の楽器の質感はかなり豊かで、楽器の組み合わせごとの響きの違いを実感した。近藤のオーケストレーションは異なるファミリー の楽器を非常に巧みに組み合わせているが、例えば低音の金管楽器が出てくるところは他の楽器では出せないような深みが得られることに気づかされる。放送で は、どうしてもそういう響きの厚みの違いがつぶれて平面的になってしまう。こういう音楽はやっぱりライブでないとね。ところで、「時の形」は、オーケスト ラの各楽器がクレッシェンドした音がとぎれると同時に、同じピッチの音をピアノが鳴らしてディミヌエンドする、というきわめて厳格なルールに従って作曲さ れている(もちろん、音の厚さやタイミングはかなり自由なのだが)。従って誰かが落ちたり音程が悪かったりするとすぐにわかってしまう、という演奏者に とっては過酷な作品でもある。この日の演奏は、どうなっちゃったのかわからない箇所が一瞬あったような気がしたが、こういう事故(たぶん)はライブ演奏に はつきものだし、これについて目くじらを立てるよりは、ライブならではの響きの質感を楽しむ方が真っ当な聴き方だろう。ただ、サントリーホールという残響 の多い空間では、オケの後にピアノが従う、という構図が(特に多くの声部が重なり合ってくる箇所では)ぼやけてしまい、そこにちょっとしたフラストレー ションを感じた。

前にも書いたが、現代曲の演奏ではひな壇の上に打楽器を載せる手間や転換の都合で、ひな壇を使わずフラットなまま行われてしまうことがあるが、それでは響 きが混じってしまい、その結果、余計に音響的な魅力が伝わらないまま終わってしまうことが多いように思う。しかし、この日の舞台はちゃんとひな壇が出され ていて立体的にオケが配置されていた(よく見ると下手のヴァイオリンはフラットだが、上手のコントラバスはすべて壇に乗せられるという、非常に細かな設 定)。ひとつの理由は近藤のオケ曲は打楽器が少ないので比較的セッティングの自由がきくためだろうし、もう一つは個展ということもあって作曲者の意図がく み取られたせいでもあろう。近藤自身、楽器の配置が響き方にあたえる効果について知り尽くしていることだし、この点ではベストな状態に近かったのではない だろうか。二曲目「林にて」の前後に転換のため15分の休憩がおかれたけれど、この程度の休憩でよりよい音が聴けるのなら、聴き手は喜んで待ちますとも。 オーケストラやホール関係の方にはその点をよくご理解頂きたいものです。

さて、その「林にて」は4管編成の巨大なオーケストラをステージの左 右に2管ずつ分けて配置し、左右で音が受け渡されてゆく、という空間的な響きの配置が非常に重要な要素となっている。この日は、2階席の中央付近に席を 取ったが、これは良い選択だった。この作品は、今はなき民音現代作曲音楽祭の東京公演(東京での初演)を聴きに行き、その後放送されたこの時の演奏をエア チェックしたものを繰り返し聞いてきた。従って、東京文化会館大ホールのやや素っ気ない響きと尾高忠明指揮東京フィルによる非常にパリッとした演奏が、こ の曲のイメージだった。しかしサントリーホールでのこの日の演奏は、随分違う印象があった。何より残響が多すぎて、舞台の左右で交わされる和音のやりとり は輪郭がぼやけてしまう。また、ズーコフスキーの解釈は、コンサート前のプレトークでの近藤の発言によれば、動的なセクションと静的なセクションとの対比 をくっきりさせたもの、だということだったが、そういう解釈だと、たとえば静的な弦楽器群の和音の上で、短いテヌートの音がフォルテでやりとりされる部分 での緊張感などが薄らいでしまうのではないだろうか。そのせいか、全体にのっぺりした締まりのない演奏にきこえて、不満が残った。それにしても、よく聴い てみると再現部みたいなものもあるし、コーダもハッキリしているし、非常にオーソドックスな構成の作品である(それが悪いことだというわけではない)。

二度目の休憩後演奏された3曲目、「桑」は弱音のティンパニのロール によって縁取られた、和声的な作品。厚みのある和音が、クレッシェンド-ディミヌエンドしながらオーヴァーラップしてゆく。最近の彼の作品では全く違う楽 想のブロックが対比的に並べられることが多いが、この作品は全体に一貫してロングトーンの重なり合いによって構成されている。その点では1984年の室内 オーケストラのための「忍冬」とも共通した特徴を持つと言って良いが、個々の響きは遙かに分厚い。この作品では、サントリーホールの豊かな残響はむしろ効 果的に働いたようだ。また、この作品では特に、様々な楽器を巧みにブレンドしてゆく近藤のオーケストレーションのテクニックが遺憾なく発揮されていたよう に思う。

コンサート最後は新作「夏に」。冒頭、「時の柱」(1999)あたり からの近藤作品にしばしば見られる、中低音域に密集した分厚く重たい和音が連続する。瞬間ごとに取り出すと、音の厚さはまるでマーラーのようだ。所々、急 にヴィブラートをたっぷりかけた弦楽器ソロ群の和音が現れると、表現主義的な印象すらある。分厚い響きを遮るように、ホケット状のブロックが挿入される。 中間部、弦楽器群のダウンボウによる和音の連続が出てくる部分では(響きはかなり違うけれど)8本のヴァイオリンのための「静物」(1981)を連想し た。曲の後半では、トゥッティでフォルテの和音が鳴らされるなど、今まで聴いたことのある近藤作品では考えられないような激しい表現が出てくる。様々な性 格のセクションが、淡々と並列されてとりとめなく続いて行き、「桑」と同様ティンパニのロールで終結する。

こうして大編成の近藤作品を年代順に聴いてみると、一見大きな変化がないように見えて、実際にはいろいろな変化があるものだと痛感する。今あらためて「時 の形」を聴き直すと、当時の音の選び方が非常にディアトニックであったことに気づかされる。僕の印象では、1980年代後半の、例えば「レス・ソノレー」 あたりからより不協和的な響きが増え始め、また同時にかなり明確に性格の違うブロックが現れるようになってくる。最近は響きはより分厚く(時に暗く)な り、ブロックの交替もかなり対照的なものが頻繁に行われる。ただし、垂直的な音の選び方の方は比較的安定しているのに対し、ブロックの構成の仕方は曲に よって変化が大きいようで、例えば「桑」のように、明確に対比的なブロックを見つけ出すのが難しいように感じられる作品もある。

ところで、この日の演奏は(ホールの響きも含めて)全体的に見ると、今まで持っていた近藤作品の印象と随分異なる側面が多かった。残響が多くて個々の響き が分離して聞き取りにくいのもそうだし、ブロックやセクションの性格をかなり明確に区別するような演奏スタイルも、1980年代にムジカ・プラクティカ演 奏の近藤作品を聴きながら育った僕としては、かなり当惑する部分があった。
ところが、終演後、近藤自身からきいたところによると、この日の演奏は以前のものと較べて遙かに理想的なものだったようだ。以前の演奏家は譜面を音にする 程度で精一杯だったのが、今はそこからさらに音楽的な解釈までつっこんで考えてくれるようになってきた、ということが理由だという。こうした変化は、演奏 家のレベルが向上してきた、と言うことと同時に、近藤の音楽とそのスタイルが、広く認知されるようになってきたことによってもたらされているのだろう。そ ういえば、今あらためてムジカ・プラクティカの演奏(の録音)を聞き直してみると、割と荒削りなところがあるのも確かだ。それに、当時は残響の割と少ない ホールで演奏することが多かったので、そんなところから、近藤の音楽というと、非常に即物的で個々の音が無愛想に並んでいる、というようなイメージが生ま れたのだろう。ただ、それはアメリカ実験音楽の紹介者という近藤のイメージと符合する点が多かったことも事実だ。そういうイメージで聴くと、この日の演奏 はかなり伝統的な西洋音楽に近く、ちょっと違和感を感じたのだった。よく考えてみれば、近藤はヨーロッパ音楽史にも造詣が深く(今は音楽学担当の大学教授 でもある)、彼のアイデンティティは、僕が考えていたよりもずっとヨーロッパ伝統音楽に近かったと言うことだろう。僕のように長年近藤作品を聞き続けてい るオールド・ファンが勝手に持っていた「近藤譲」像は、本来は訂正されるべきものなのかもしれないし、それはある意味で、古楽演奏におけるオーセンティシ ティの問題と共通する面があるとも言える。

終演後、再びシュテファンと会うと、近藤の音楽に深い感銘をうけていたようだ。シュテファンが話していた近藤作品の面白さは、僕がいつも感じていることと ほぼ一致する。フェルドマンを想起させるようなところがあるけれども、暖かみがあって(そういえば、そこはかとなく漂うユーモアも、例えば1980年代の 日本の現代音楽では極めて珍しいものだった。いまではユーモアや笑いはちょっとした流行のようではあるけれど)、決して感情的な側面を排除しているわけで はなく、呼吸感のある音楽。非常に独自だけれども、クラシカルな側面もある(これはこの日特に強く感じたことだ)。日本的とも言えるけれど、世界のどこで 生まれてもおかしくないような感じもする。
舞台裏で、シュテファンが近藤に彼が受けた感動を伝えているのを聴きながら、優れた音楽家が優れた音楽家と出会ったときに交わされる言葉は、何というか、 それ自身がとても印象にのこるものだと思った。


(更新2004/10/23補筆)


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