田中吉史

Yoshifumi TANAKA

 

自作についての試論

この文章は、1999年8月に東京で行われた「作曲フォーラム」でのプレゼンテーションをもとに作成され、2000年5月に「作曲フォーラム'99」の記録冊子に収録され、刊行された。これ以降の私の作曲に関する考え方は、この文章を書いた時とは変化してきているが、ここでは一つの記録として、再掲することにした。 

概要 まず、筆者の作曲手順について、いくつかの作品を例にとりながら説明される。あらかじめ何らかのシステムを設定せず、具体的な音響的な素材に基づいて作曲されること、またその際、すでに書かれた部分から連想するようにして後続する部分が書き続けられることが示される。さらに、それをもとに作曲における全般的な関心について解説される。

 

1.

 音楽がその作曲家にとってどのような存在であるかをアピールしてその文章を始めるのは、一つの定石であるといえる。そこでは、その作曲家がいかに際だった思想を持っているかが強調される。しかし、私の考え方は決して際立ったものではない。今ここでそれを強調したところで、いままでいやというほどくり返された言明を蒸し返す事になるだろう。

 そもそも、音楽をどのようなものとしてとらえるか、ということ自体、ごくわずかの言葉で端的に言い表わしうるものなのだろうか?後述するように、私が作曲する過程では言葉や論理によって表現できるようなシステマティックな手続きは殆どとられていないので、作曲の過程を余すところなく言葉で表現するにはかなり嘘をつかなくてはならない。自分にとって自分の音楽が何であるか、列挙してみる事はできるかもしれない。音楽は思想表現の媒体ではない。音楽自体が一つの思想であると言えるかも知れないが、それは音楽が何か別のものを表現しているのではない。また、何らかの劇的なストーリーを描写するものでもない。音楽によって政治や社会を変えられるとも思わない。とはいえ、音楽を、まるで我々の思惑とは全く独立した自然現象のようなものとしてとらえたり、作品の内部構造やシステマティックな側面(聞き取られるかどうかは別にして)を強調したりしたいとも考えていない。

 ここではどうやって作曲をするか、という思想的というよりはやや実際的な問題から話を始める。これは決して私が作曲の方法論にこだわっているためではない。私が作品を書く際の作業行程は、曲のアイディアによってまちまちであり、特定の方法を意図的に用いているわけではない。それは方法というよりは、単に一つの作品を形作るプロセスでしかない。しかし、どのように音楽を書くか、どのようにして一つの作品が作られて行くのか、ということは、究極的にはその人が音楽をどのような存在と捉えているかということに繋がっているはずである。ここでは私の最近の作品のいくつかがどのように発想され、どのように書きすすめられたのかを振り返り、さらにそこから私が音楽をどのようにとらえているか、そしてどのような音楽を作ろうとしているのか、考えてみる事にしたい注1

 

2.

 先ほども述べたように、あらかじめ決められた手順に従って作曲する事は殆ど無いので、一般論として述べるのは難しい。ただ、作曲の際に残されたスケッチや下書き、メモの類いを振り返ってみると、強いて言えば、私が作曲を開始する(あるいはそのアイディアを得る)のは、何か非常に具体的な音響的なイメージや音楽的な断片(ここではそれらを楽想と呼ぶ)を思いつく事にある事が多いらしい。思いつく、といってもそれは何か神秘的な「霊感」のようなものではない。それは既に知っている何らかの音楽的な断片、印象に残る音響などを思い出す事に極めて近い。例えば、1997年に書いた17奏者のためのlinea-respiro注2 の場合、最初のアイディアは、その年の2月、後述するAttributes IIの初演会場で、そのときたまたまそこにいたMaurizio Pisatiから、前の年にNiccol Castiglioniが亡くなったのをきいた事がきっかけだった。この知らせをきいた時、一種のCastiglioniのためのrequiemのようなものを作ろうと考えた。この作品に取りかかる最初の音響的なアイディアは、Castiglioniの特徴的な響きをまねたもの(少なくともそのつもりの)であった。それはこの曲の後半にでてくる部分で、多くの楽器がバラバラに素早いパッセージを演奏していて、そこに二人の打楽器奏者によるウッドブロックのトレモロが絡みあうという音響であった。実際にあとで改めてCasiglioniの作品をきいてみると、どれにもこのような部分は含まれていなかった。私の記憶の不正確さが、この作品をつくらしめたと言っても良いだろう。結局、完成した作品はCastiglioniとは似ても似つかない曲となり、Castiglioniへのrequiemという最初のアイディアは放棄されてしまった。

 

3.

 1995年から1996年にかけて、アルトサックスとピアノのためのAttributes II注3 を作曲した。この作品に着手するまでの数年間、独奏曲だけを書いていたので、複数の楽器をどのように扱えばよいか、見当が付かなかった。そこでこの作品では、非常に異なったエンヴェロープを持つ2つの楽器を、あたかも一つの楽器として扱う事にした。つまり、音色の極めて異なる二つの楽器を組み合わせて、一つの新しい楽器を作る、というのが最初のアイディアであった。Figure 1(a)はこの作品の冒頭部分である。2つの楽器は半音または四分音ずれたまま、一つの旋律をなぞって行く。この旋律のもう一つの特徴は、比較的動きを伴う部分と、より動きの少ない部分とが交替する、ということである。曲が進行するにつれ、これらの2つの部分はそれぞれ独立に新たな楽想を生み出して行く(Figure 1(b))。それにともなって一本の糸がほどけてゆくように、ピアノとサックスで作られたこの新しい楽器は徐々に解体され、別の楽器へと別れてゆく。

 このように、複数の楽器を組み合わせて一つの楽器と見なし、一つの旋律をなぞる、というアイディアは、その後書かれた幾つかの作品で用いられている。例えば前述のlinea-respiroでは、最初の部分では一つの旋律的な要素が、様々な楽器の間に受け継がれ、舞台上をあちこち渡り歩いてゆく。

 

 

 

Figure 1(a)

 

Figure1(b)

 

4.

 Attributes IIでは、一つの旋律のもつ2つの位相(動的な部分と静的な部分)が徐々に異なった楽想を呼び起こすようにして曲が進行した。このプロセスはちょうど植物が徐々に枝をのばし、少しずつ花や木の形を作ってゆく事にも似ている。また、我々があまり物事に集中せずぼんやりと考え事をしている時の意識状態にも近い。そのような状態では、想起された様々なエピソードが、特別な目的や論理的一貫性なくつながって行く。いずれにせよ、ここで特徴的と思われるのは、作曲過程の出発点となる非常に具体的な楽想に含まれる内部の特徴が、徐々に別の楽想へと繋がって行く、という一種の連想過程である。作曲の取りかかりとなる楽想は、その後それがどう「展開」されるか見通しがあるわけではなく、むしろその楽想に含まれる様々な特徴が、勝手に別の楽想を呼びさまして行くことによって一つの作品が生み出される。

 ところで、こうした連想は非常に短い素材単位で行われるのではなく、ある程度の持続を持つブロックやエピソードが連結されることで作品が構成される場合もある。つまり、あらかじめ幾つかの異なった楽想があり、それらをつなぎ合わせるというやり方である。それは前述したいわば植物型、あるいは連想型の手順とは違って、ちょうど遺跡で発掘された破片から一つの壷を復元する過程に似ているかも知れない。ここでは詳しくとりあげないが、例えば弦楽四重奏のためのfuggitivi(1996/7)注4 はこうした「復元型」の例と言える。fuggitiviは、特徴的な楽想を持つ複数のブロックの並置によってつくられている。それらのブロックは、先行するブロックに含まれる微少な音型を手がかりに接続されてゆく。

 

5.

 とはいえ、実際に作曲をする際には、その作品が「連想型」か「復元型」かを明確に区別しているわけではない。「連想」的な手順と「復元」的な手順とは常に不可分に結びついている。その例として1998年から1999年にかけて作曲した6楽器のためのΦ注5 をとりあげる。

 Figure2は、この作品の冒頭部分(練習記号Gまで)を図式的に表現したものである。この部分は全部で4つの特徴的なブロックから成り、それが変型を加えられつつ反復される。これらの4つのブロックには様々な要素が含まれるが、それらをリストアップしたのが、Figure3である。これらの要素がどのような属性を含んでいるか(リズムの規則性、ピッチの明確さ、ピッチの変化方向など)について分析が行われ、各要素間がどのように関連づけられるかが検討される。

 この作品のもう一つの特徴は(不規則な)反復が多用されている点である。先に触れたlinea-respiroでは、曲の持続が非常に直線的であり、一つの頂点を形成するような持続が作られていた。これはある意味で非常に古典的なディスコースであり、Φではそうしたディスコースをある程度避けるため、不規則な反復を取り込んだ。Figure 2に示した冒頭部分でも4つのブロックがかなりの変型を加えられつつくり返されている。こうした大きな変化を加えられた上での反復は、この作品の随所に見られる。こうした曖昧な反復は、すでにAttribute IIにおいても動的位相と静的位相の交替という形で見られていたが、この作品ではより徹底した形で行われている。

 

Figure 2

 

Figure 3

Figure 4

 

Figure 4はΦの後半部分の例である。この部分ではtuttiによるリズミックな断片(a)と、より静的な部分(b)とが交替であらわれるが、bではFigure 2で見た様々な要素が組み合わせられている。このリズミックな断片は、曲の終わり近くで、全楽器によるダンス風の部分へと変貌する。

 

6.

 Φで見たように、実際の作曲過程においては、それまでに書き留められた素材を分析することで、後続部分をつくり出すヒントが得られる事がある。しかし、ここで行われる「分析」が、パラメトリックなものではない事に注意してほしい。楽曲分析に於いてはしばしば、音楽をピッチ、音価、音色などといった独立なパラメータに分解してゆく方法が取られる。こうしたパラメトリックな分解がおこなわれる事で、様々な「組み合わせ」の可能性は見い出されるものの、出発点にあった音響や音楽的な素材のもつ質的な特徴は失われる。こうしたパラメトリックな分析とは対照的に、私が作曲においておこなう作業は、個々の音響や素材が持つ全体としての質感、質的な特徴を重視し、そこにどのような質的な特徴が含まれるのか、取り出して検討することである。ちょうど、私達の目が光を電磁波の特定の波長として感じ取るのではなく、緑や橙、くすんだ青、などの色として感じとるのと同じように、私が作曲中に考慮するのは、バラバラに分解されたパラメータではなく、様々なパラメータが複雑に組み合わされる事で生じた極めて具体的でそれ以上分解しようのない一つの素材なのである。このことはBerioのいうジェスチャーの概念注6に近いかもしれない。

 具体的なものから始めること。パラメトリックな分析からではなく、音の質的特徴、あるいは複数のパラメータの組み合わせによってできた何らかのジェスチャーから、音楽を始めること。具体的な素材を分析する作業は、決してピッチや音価といった伝統的な意味でのパラメータに分解する事ではなく、その素材が、どのように変化しうるか、そしてどのように別の素材に結びついて行き得るかを探る事である。

 こうした作業を続けていると、(時々使われるメタファーだが)音楽があたかも一つの生き物であるように感じられる事がある。ちょうど園芸家が木の枝ぶりを見ながらはさみを入れてゆくように、作曲するという作業は、その音楽がどこへ行きたいか、どこにのびて行くのが一番良いか、探し出す活動のようにも思える注7

 このように、私が作曲をするときには、あらかじめ作品の全体像が見えているわけではない。具体的な音響が成長するに連れて、結果的に全体が出来てくる。それは例えば、一つの細胞が分裂し、一つの生体を形成するとき、大まかなプログラムはすでに遺伝子に書き込まれているが、それが一体どんなものになるのかは、成長してみないとわからないし、それが成長する時に偶然関わる外的な環境によっても左右されるのと、同じようなものだ。

 

7.

 先に、作曲していると音楽はまるで一つの生物であるように感じられる、と述べた。ちょうど、腕は胴体についていなければならないように、鼻は目より下に無ければ成らないように、関節はある角度以上に曲がるはずが無いように、ある響きやある要素は、ある程度の自由はあるけれども、大体そのあたりにあって、別のどれと繋がるのが一番よい、という印象が生じてくる。では、なぜそのような印象、感覚が生じてくるのだろうか?

 音をいかに繋ぐか、その繋ぎ方の「必然性」は、その人の学習や経験によって身につけられる。総てがアプリオリに決まっていて、そこから演繹されてくるものではないだろう。むしろ、それがそれに繋がるという経験を多くすることによって、その繋がりがより自然に感じられるようになってくるのであろう。別の言い方をすれば、ある音とある音が関連づけられて聴こえる、ということそれ自体は外の世界に存在するのでは無く、あくまでも我々の心理的な、主観的な世界でしかない、と言うこともできる。しかし、それは決して外の世界とは無関係に、全く偶然に生じる錯覚や、あるいは妄想のようなものではない。

 ところで、あるものとあるもののつながり方が必然的、あるいはより自然であるように感じられたとしても、そうして作られる全体は、実際に存在する生き物のように、どのような構造になるのか、それが明確に規定されていなければならないことは無い。それは言ってみれば、細胞の挙動は我々人間と同じだが、それによって出来上がる全体的な形は人間とにても似つかない未知の生命体である可能性だってある。

 音楽が生き物であるというとき、音楽は一つの有機的な構造を持つ、という古典的な言明を想起される方も多いだろう。確かに、Φで見たような、具体的な素材を分析して展開して行く方法はどこか「ブラームス的」注8 と言える。また、先に述べたような「素材間の自然な繋がり」が経験を通して与えられる以上、過去に聴いた音楽の影響から完全に逃れることは不可能だろう。しかし、素材間の繋がりが「有機的」であったとしても、それは例えばベートーヴェンのように完成された一つの閉じた空間を、必ず形成するとは限らない。例えばベートーヴェンの第五交響曲の第一楽章のようにごく小さな動機が延々展開される事によって作られるのは、一つの堅牢な世界である。それは完結し、私達が日常的な世界で経験する様々な事柄とは隔絶したものだ。しかし、私はそのような閉じた世界を作る事に興味がない。私の作品はしばしば明確なクライマックスを形成する事があって、それゆえ非常に古典的な目的的持続を想起させてしまう事があるが、私にとってはそうした古典的図式は、単に利用されているだけでそれ自体が目的なのではない。一見古典的な図式は、聴き手の意識を惹き付けておくのに役立つが、それ以上のものではない。

 古典的な形式は(これもまたどこかできいたことのある比喩だが)論理的な推論にどこか似ていると言えるかもしれない。あらかじめ明確な前提と幾つかの命題が与えられ、そこから論理的な推論をする時、我々はうっかり間違えないように神経を尖らせ、そのことに意識を集中する。そして前提と矛盾のない、明晰な結論を導き出してくる。それと同じように、第五交響曲第一楽章でのベートーヴェンの頭脳は、冒頭の動機から一貫した論理的で明晰な全体を導き出している。しかし、我々は、常に何かに集中し、一つの事にだけ意識を向けているわけではない。特定の事について考えなければ成らないわけではない時、我々の意識はどこへ向かっているのだろう。あるいは、何か特定の事柄について討論しているわけではなく、ただ友人とお喋りを楽しんでいる時、話題はどう移ってゆくのだろうか?

 特定の意図を持たない連想、気ままな会話はしばしば後から辿りなおすことが出来なかったりする。勿論、どんな話題だったのか、それを手がかりにして再構成してみようとすることはできる。でも、会話している間、突然誰かが突拍子もないことを言い出して、それで急に話題が変わったのかも知れない。あるいは突然目に入ったあるものが、それまでに考えていた事柄を全く違うものにしてしまったかも知れない。連想も自由会話も、我々はごく自然に毎日行っている。なのに、それが済んだ後、それがなんだったのかわからなくなる。我々はそれが何なのか知らない。しかし同時に、それを行っているのだから当然知っているはずなのだ。

 このことは、私の作曲の手順(そしてこの文章とも)とどこか似ている。何かあるものからはじめる。それが自然に進むに任せる。ある瞬間、何となく会話が収束するみたいに、曲が終わる。私は音楽でそれを切り出したいのかも知れない。知っているのに知らないことを取り出すこと。「こうでなければ成らない全体」を目指すのではなく、それが自然に進み、それが向かいたい所に向かわせる。そのプロセスが、実際に聞き取られていることにほかならない。一つの閉じた世界を提出するのではなく、聴きながら世界の新しい側面が見えてくるようなもの。ちょうど気ままなおしゃべりが次々と新たな展開をして行くように。

 

8.

 このように書いてくると、私はどうも音楽の時間的な展開にとても興味があるらしいことに気づく。素材をいかに処理してゆくか、という問題は、音楽の時間的な展開の問題でもある。そもそも音という時間が存在しなければそれ自体も存在し得ないものをメディアとする音楽から、時間を取り去ることは不可能であり、音楽を書くことは、時間についての反省なくして成り立ち得ない。

 議論を明確にするために、あえて話を単純化して、音楽の時間的展開のパターンに関して二つの代表的な類型を考えよう。一つは、ある素材から一つの有機的で目的的な持続を作り出す、という伝統的なドラマトゥルギーであり、オペラやいわゆる描写音楽に見られるような何らかのストーリーがあるか否かに関わらず、ここ数世紀の西洋音楽において非常に広く見られる展開である(LachenmannFerneyhoughも例外ではない)。もう一つは、たとえばCageに代表されるような、個々の音の美を強調するために「素材を時間的に展開する」という考え方を放棄する立場である。この立場では音楽の時間的な展開排除され、非常に限定された音素材が並置された、いわば無時間的な状態が志向される。

 私自身は最初に述べたように、音で何か別のものを表現しようとは思わない。従って音楽で何らかのストーリー(メロドラマであれコメディであれ)を表現することには興味がない。一方、「個々の音の美しさ」は結局耳を澄ませばどこでも体験できる。もしそれでも環境の中から音を選び取り、それを周りの音から区別し、ある程度独立したものとする(それがまさに作曲ということなのだが)のなら、やはりそこには時間というもの、時間の中にいかに音をおいてゆくのか、という問題を避けることはできないだろう。先に述べた2番目の立場は、いわゆるヨーロッパ的な美学を乗り越えるもっとも手っ取り早い方法であろうし、非常に多くの作曲家がそうした作品を生みだしている。もうこれ以上はいらない、というくらいだ。私はあえてその立場に立つ必要はないだろう。なぜなら私よりうまくそのアイディアを実現する人が沢山いるからだ。とはいえ、伝統的なドラマトゥルギーに戻る気にはなれない。たぶん私はそのどちらでもないところを探しているのだ。それはたとえば構築よりも接合によって形成される時間であり、収束よりも散逸してゆく運動、とでも言える。連想や自由会話には、方向はあっても目的はない。かといって無関係なものが単に並んでいるのでもない。それは何らかの結論を目指して突き進むものではなく、常に移ろい拡散してゆく。その意味で、連想や自由会話は私の探している音楽の時間的な展開の一つのモデルといえるだろう。

(2000年5月) 

 

 


注1 あらかじめお断りしておきたいのは、以下の議論では話をわかりやすくするために随所でかなり極端な図式化を行っている、ということである。そうした単純化によって見過ごされてしまうケースがあることも忘れてはいないことを、あらかじめご了承いただきたい。

注2 秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティヴァルの委嘱で作曲され、19978月にJohannes Kalitzke指揮Klangforum Wienによって初演された。

注3 サクソフォーン奏者の齋藤貴志氏の委嘱で作曲され、1997年の2月に初演された。

注4 1996年8月に秋吉台セミナーで初演され、秋吉台作曲賞を受けたが、翌年改訂版が作られた。

注5 Beethovenhaus Kammermusiksaal(Bonn)の十周年のために委嘱され、1999年にBonnJurjen Hempel指揮Ensemble Musikfabrikによって初演された。

注6 Osmond-Smith,David, Berio (Oxford,New York, 1991). [松平頼暁訳 ベリオ 青土社, 1998.]

注7 もちろん「自然にきこえる」つなぎ方だけにこだわることには非常に大きな危険もある。ここでは深く議論しないが、後述するように「自然にきこえる」ことの背後には聴き手(あるいは書き手)の過去経験や習慣に依存する。そのため「自然にきこえる」ことへの固執は、ありきたりのものしか生み出し得なくなるかもしれないのである。

注8 プレゼンテーションでの近藤譲氏の指摘。



作品ノート/indexへ戻る

Homeへ戻る