田中吉史のページ/作品ノート


サクソフォーンのための作品

    Attributes I  (1994)
    Attributes II (1996)
    eco lontanissima III  (1995)
    Duo for violin & soprano sax(1999)
    eco lontanissima IVb (1995/99)

*1999年6月27日に、齋藤貴志氏のリサイタル「齋藤貴志 -現代を聴くVol.5- 田中吉史 作品展」で、サクソフォーンのための作品による個展を行ないました。この文章は、その時のプログラムノートに手を加えたものです。


 サクソフォーンというのは不思議な楽器で、木管楽器のような機動性を持っているかと思えば、金管楽器のように咆哮してみせたりもする。そういう一種のとらえ所のなさ故か(もちろん歴史的に新しいという点もあって)、残念なことにサクソフォーンのレパートリーは、例えばフルートやヴァイオリンなどとくらべてごく慎ましやかなものになってしまっている。とはいえそうしたサクソフォーンの特徴が、作曲家に強い好奇心を引き起こすことがある。もちろん演奏者あっての楽器なわけで、優れた演奏家があってこそ、臆病な作曲家は勇気をふり絞って見たことのない土地に踏み入れてゆくことができるわけだ。齋藤貴志氏はその意味で私にとって心強い案内人であり、また共犯者でもある。

 1992年に秋吉台セミナーに行った時、フランスのサクソフォーン奏者Pierre-Stéphane Meugéが来ていて、サクソフォーンからあふれ出る新しい響きに強い印象を受けた。同時に、丁度フランスから帰国して間もない齋藤氏と初めて会った。夜通し宴会をして大騒ぎしつつ、齋藤氏の新しい音楽への確固たる意志に圧倒された。考えてみればそれが現在まで続く齋藤氏とのコラボレーションの始まりだった。

 東京に帰ると、齋藤氏と連絡をとりながら早速サクソフォーンのための作品のアイディアを集めはじめた。ちょっとスケッチを書いてみては齋藤氏に吹いてもらい、ああでもないこうでもないと可能性を検討した。そういう過程を経て、1993年にテナーサックスのためのTROS IVを作曲した。この作品では齋藤氏から教わった様々な特種奏法を駆使した幾つかの特徴的なブロックの並置によって構成されている。

 次の1994年、秋吉台セミナーに再びMeugé来ることを知って、ソプラノサックスのためのAttributes Iを作曲した。この作品は運動的な前半と、静的な後半という明確な二つの部分から成る。この作品は、様々な特種奏法を駆使することよりも、限定された奏法を用いることで、音の触感を強調する最初の試みであった。例えば前半部分のなかばには幾つかの奏法によるカノンが見られ、また後半部分は重音や微分音を駆使したロングトーンによって構成されている。この曲は秋吉台でMeugéによって初演され、彼に献呈された。(ちなみにMeugéは、その後の秋吉台で初演された私の室内オーケストラ作品でもサックスのパートを吹いてくれた。)

 さて、ある日齋藤氏から「アンコールで演奏できるような短い曲」を頼まれた。ところが出来上がった作品は、短いもののとてもアンコールには適さないような代物であった。1994年から1995年にかけて書いたアルトサックスのためのeco lontanissima IIIがそれである。ここではつまづきながら進行するパルスが主役となる。しかし曲の終わりでは、それまで影に隠れていた別の要素が突然発展し、全てをぶちこわしにしてしまう。ぶちこわしに、とはいうものの、齋藤氏の端正な演奏によって初演されたこの作品は、その後齋藤氏の他、イタリアでGaetano Costaによって、またカナダでFrançois Guayによって何度か演奏されており、私の作品中最大の「ヒット曲」となった。(*この作品は齋藤氏のソロ・アルバム「絶望の天使」(ALM Records(コジマ録音))ALCD-9046に収録されている。)

 これらのサックスソロの作品を書いていた数年間は、独奏曲ばかりを書いて過ごした時期でもあった。この時期を終わらせるきっかけは、齋藤氏からピアノとサックスのデュオを頼まれたことだった。久しぶりに書く複数の演奏家のための譜面に手こずりながら、1995年から96年にかけて、アルトサックスとピアノのためのAttributes IIを作曲した。この作品の最初のアイディアは、サックスとピアノという、音色の極めて異なる二つの楽器を組み合わせて、一つの新しい楽器を作る、と言うものだった。この曲の前半では、この新しい楽器は一つの旋律を演奏する。しかし、一本の糸がほどけてゆくように、この楽器は徐々に解体され、別の楽器へと別れてゆく(*初演とこの個展でのピアノは中村和枝氏によるものであった)

 複数の楽器を一つの楽器のように扱う、という発想は、1999年の個展のために新たに書いたソプラノサックスとヴァイオリンのためのDuoにもある程度共通している(*1999年6月の個展では第1、4曲のみ演奏され、第1、2、4曲は同じ年の11月に、同じく齋藤氏と安田紀生子氏によって演奏された)。この作品は4つの小品から成るが、第3曲は事故によって失われた。Attributes IIの冒頭ほど極端ではないが、このDuoの第1曲においても二つの楽器は、寄り添うようにして一つの線を描き出し、それを詳述する。聴き手の皆さんには、失われた第3曲が一体どういう曲なのか、想像してみていただきたい。

 少し遡るが、1995年に書いたファゴットのためのeco lontanissima IVが演奏された時から、この曲に含まれる幾つかのアイディアはファゴットよりもむしろサクソフォーンに相応しいという印象を持っていた。齋藤氏から今回のコンサートの話をうけた時、ようやくそれらのアイディアを、それに適したやり方で実現する機会が来たと感じた。テナーサックスのためのeco lontanissima IVbを作曲するにあたって、単にファゴットのためのヴァージョンを書きうつすのではなく、その元のアイディアを検討しなおした。最初のヴァージョンから多くの部分を取り去り、また幾つかの素材を徹底的に展開した。その結果、実質的に全く新しい作品となった(この作品は1999年の個展の後、2001年にさらに手が加えられた。この最新版は2003年現在まだ演奏されていない)。久しぶりに齋藤氏と試行錯誤しつつ音を決めてゆく作業をしながら、この楽器のむこうに、聴いたことのない世界がひょっこりあらわれてくるのを感じた。本当に不思議な楽器だ。

(June 1999/ Dec. 2003)


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